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学習塾体験談

一般的な学習塾というのは、実は高校受験の時だけで、大学は美術大学でしたので、私の受験は少し変ったかたちかも知れません。しかし受験のスタンスというか、取り組みは同じようなものがあります。私の場合、そのころは国立の第一次試験はまだ「共通1次試験」でした。世代がばれますね。

例え美術大学でもちゃんと一般教養を身につけねばならないので、学科でもキチンと合格ラインがありました。ただそれは名門大学と比べものにならないほど低いものですが。元々勉強嫌いも手伝って、自主的に予習、復習など神に誓ってした経験などもなく、気楽な男子高校生で、しかも男子校。校則も私立で緩く、受験などいつまでたってもどこ吹く風という感じでした。大学受験など頭にはありませんでした。

しかし道を誤ったというか、踏み外したといいますか、その頃たまたま高校の美術講師がその学校出身者で、現在も活躍中の画家ということで、興味を持ちその授業だけはマジメというか、集中して勉強、絵画などを学んでいました。その中で、世の中に美術の大学があるということを初めてすることになり、どういうわけかその講師は私に受験するように強く薦めたのでした。私が受験生として意識する最初でもあったわけです。

そこから、専門予備校があるということを知り、中学生の頃どうでもよいと思いながらも中卒で終わることへの不安から、つい受験勉強ナンぞを始めてしまった自分を振り返り、一念発起で挑戦を決意。道を踏み誤るきっかけとなりました。

絵のことを文字で表現する意欲的な試みはひとまず置いておいて、受験生の気持ちや、まかりなりにも今日でいうセンター試験を受けて、第1志望、第2志望と無謀な第一志望を決めて、春先から雪降る中、上野や世田谷の試験会場に出かけた記憶は今でも鮮明です。

しかも共通一次(センター試験)会場は、ナンと本郷にある安田講堂と赤門で有名な東大でした。

別に東大は試験会場で、私がそんな素晴らしい頭脳明晰明解なわけはなく、ただただ緊張していたのは当時の会場の寒さのせいではありません。高校受験よりも何十倍もの重圧というか緊張。本当にただごとではありませんでした。

もし予備校にも行かず、どうせ美術大学の学科なんてたかが知れてると、ナメて学科の為に予備校に通わなかったら、あの重さにはきっと耐えられなくて、鉛筆をへし折っていたでしょうね。

余談ですが、今現在は知りませんが当時の共通一次はシャープペンシル使用は禁止です。

塾に通う中でも予備校というのは本当に、実に閉鎖的な道場のようなところで、肉体的なシゴキはないものの、頭からやってくるマイクのボリュームと弾丸のような講師の講義は、そうじゃなくてもお気楽な私にダメージを与えるのは充分でした。なんでも、講義はスピードと調子を早めないと、生徒側の方で、授業以外の発想が生まれ帰って頭に入らないそうで、最初はついて行かれないのですが、慣れとは恐ろしいものでそのスピードでないと、眠気に誘われるように肉体改造されるのは、大袈裟でなく魔法のようでもありました。ナンでもその塾の方針ということで、例え肉声で教室の後ろまで聞こえたとしても、マイクを持つと集中するといった条件反射を身につけさせるとかで、大学に行ったとき学科の講義は教授がマイクをしきりに気にするの見、「ああ、このことだったのね」となぜかすぐ納得。

塾の伝統とは侮れません。

話は遡りますが、高校受験の時、私の中学では予備校や学習塾の方から夏期講習の案内のプリントを、担任の教師から配られたりして参加することがありました。今思えば、これが現代なら教育委員会がなんかしらいってきそうな事件性を感じますが、なんというか暴走族とかが幅をきかせるような、荒れた風潮の割に緩いところは緩かったですね。

そこでは東大の理系3という私からしてみれば、勉強の神様みたいな現役大学生が講師をしていました。今思えば夏のアルバイトなんでしょうね。しかし、さすがに効率がいいというか、数学の方程式の解にしても、学校では教わらない解釈で教えるというよりも、こうした工夫をすることで、勉強とは面白いものだということを証明してくれました。勉強自体についてはそれがきっかけで参考書に手をかけるようなビックウェーブは私には来ませんでしたが、学校にはない塾という教室の存在は、少しばかり将来というビジョンをほんの少し与えてくれたように思います。そうしたことがあって、無理しても高校には行くべきだ!という思いこみがおかげさまで出来て、幸か不幸か今の私がいるという事でしょう。

話を戻しますが、受験で限っていえば、先ず「あーダメだった、まあ次回頑張ればいいよね」という身勝手な納得は出来ない一発勝負でありながら、経験値は極めて低いですよね?机に向かってただ問題をとけばいいという、そういう事務的な対応が全く通用しない状況がまるで怪物のように、あの東大の講堂の中には存在していました。

それに予備校というのはとにかく煩雑で、多くの学生それも浪人も含めていますし、2年生から通うと少なくとも1回だけは自分が関与しない合否の悲哀とはどういうものかを間近で拝むことが出来ます。これは冗談抜きで、貴重な体験で、勉学だけの受験をしていらっしゃる方々にとっては、その後の勉学に必ずいい方向で作用するはずです。

塾に通うことで改めて勉強に目ざめるという、ナンの境地かわかりませんが、そういうやる気が引き出されることはあると思います。私は、正直言って塾肯定派です。

塾というカタチというか経験は、受験を除けば過去に何度か挑戦して砕け散った記憶がありますが、受験というものは勉強の姿勢を変えるほどパワーと負荷がかかる十代の大きな「障壁」なのです。大学卒業後、各所で「所詮大学生も高卒もいっしょだよ」と軽々しくいう人に出会うと心の中で「経験してからほざけ」と怒りモードでしたが、まあ社会にでてからは違った意味での大波小波にゆられますので、その辺りは心沈めて笑顔で聞き流す程度にはなりました。

思春期にあれだけの経験、いくら学歴だけが全てではないといわれても、「その1回で受験結果はすべてである」わけで、その事実は言い訳など吹き飛ぶどころか、蒸発して跡形もなくなります。周囲のサポート無しで乗り切れというのは、相手が例え「3年B組担任教師」であったとしても、放任飛び越えてそれは”見殺し”です。

予備校のことばかり書いてますが、学習塾のことは書いてるといとまがないので・・・といいたいところです・・・・が、学校でのいじめはそのまま、やはり同じ学校の生徒で塾生は埋まることがあるので、どうもその嫌な習性は継承されてしまうらしく、被害に直接あった経験はなくとも目の当たりにしていましたので、あまりいい記憶として脳裏に残されていないからでしょう。

それに一般的な学習塾と、名門校を目指す人達の集まる予備校は、もうまるで別世界で、シャープペンシルの音やページを一斉にめくる音のそろい方など緊張感がまるで違います。つまり受験生のやる気というものが、一丸となっているのです。その中に身を置いて、そっぽ向いて鼻をほじっていることの方が、浮きまくってますし、まず恥ずかしくていられるはずもありません。たまーに「教師と生徒とのスキンシップは必要だ」なんて言葉を耳にしますが、そういうことがなくても、ああいったやる気の固まりの前では、何も言わなくてもその目は教師の動きひとつひとつを目で追いかけているものなのです。